サンプル「永い遠足」その1

 始まり方が魅力的な文章はそれだけで読まれる可能性が高いということは文章を書く人にとっては当たり前のものとして持っているもので(そしてこの文章がいかに凡用な始まりであるかは言うまでもないが)、だからこそ文章を書き始められないという問題が発生する。他のジャンルに目を向けてみると、例えば映画では、劇場が一気に暗くなることで観る者に対して集中を強いる始まりがいつも約束されている。(だからこそ、その強いられた集中を切ってしまう上映途中での入場者に対して非常に苛立つのだろう)

 そういった意味で演劇というのは、始まり方についてなんとも難しいジャンルであるように思う。例えば、幕があるような大きな会場であれば幕があがることが映画でいうところの暗さと同じ役割になるだろう。しかし、いわゆる"小劇場"では幕があることは少ないし、ステージは最初から見えているし、必ずしも真っ暗にすることが出来るわけではない。そういった様々な制約がある中で、サンプル「永い遠足」はいきなり観客を引き込む素晴らしい導入を持った作品である。なぜなら、軽トラックが舞台袖から走ってくるのだ。しかも、音がしない。そのため、突然白い大きな塊がそれなりの速度で視界に入ってくることに気がつくところから始まる。

 軽トラックというあれだけ大きい物が動くのに音がしないというのは、ものすごく不気味なことであるように思う。大きい物を動かすのに、人力や石油といった動力で動くことを前提として価値観を形成してきた身からすると、あれだけのものが音もなく突然現れるのはそういった価値観を壊してくるような気持ち悪い感覚があるからだろう。そもそも、その軽トラがなぜ音がしないのかと言えば、電気自動車だからだ。音がしない車というのは社会問題にもなっていることで、この軽トラが突然目の前に現れるという驚きと気持ち悪さがこの作品を見る上で最初に植え付けれられる感覚ではないだろうか。