砂田麻美監督「夢と狂気の王国」

 ここ数年で、ジブリのドキュメンタリーといえば、NHKが放送しているというイメージが強い。NHKの「プロフェッショナル」という番組はある一人に密着する形式のドキュメンタリー番組で、ジブリの新作が公開されるたびに放送されている。といっても、ここ数回で放送されたのは「宮粼駿」についてであり、「ジブリ」についてではない。この番組はどこか自己啓発的なところがあり、私たち視聴者は宮粼駿がうんうんと唸りながらシナリオを作ったり、作画する様子を観て、これほどまでに追い込まなければこういった作品は出来上がらないのだと驚き、そしてその仕事っぷりに尊敬する。そして、自分も明日からの仕事を彼らの10分の1ほどでいいから頑張ろうと思うのである。

 そういった中で、この「夢と狂気の王国」は「ジブリ」についてのドキュメンタリーとして公開されている。ポスターのキャッチコピーには、「ジブリにしのび込んだマミちゃんの冒険」とある。そのキャッチコピーの通り、本当に忍び込んだかのような、かなり低い位置から見上げるようなカメラアングルからこの映画はスタートする。「風立ちぬ」と「かぐや姫」、この2作の製作過程から宮崎の引退会見までが映されている。
 「ジブリといえば?」という質問をすれば、100%返ってくる人が3人いる。その3人、宮粼駿、高畑勲鈴木敏夫のうち、宮崎、鈴木に関しては劇中かなりの時間登場するが、高畑に関してはほぼ登場しない。しかし、この高畑がジブリにいるという「感じ」はこの映画の上映中常に漂っている。その存在を醸し出すために、「かぐや姫」のポスターが出てきたり、「かぐや姫」プロデューサーの西村さんがたびたび登場し高畑について語ったり、宮崎駿が高畑について絶賛したりボロクソに言ったりする場面がいいタイミングで出てくる。こういった手法により、この王国にいる3人の王のうちの一人は、直接映像に映ることはなくても存在感が常に保たれている。

 「プロフェッショナル」を見ていると、ジブリの作品は宮崎駿が死ぬ気で作ったからこそ出来上がった作品だと思ってしまいがちだが、どうやらそれだけではないことがわかってくる(当たり前のことなのだけど)。その代表格が宮崎にシナリオや画の催促を行う三吉さん。劇中、宮崎が机に向かう画が多いのだが、彼女の描く催促の画がちょっとずつ変わっていくことがわかる。こういった工夫が、長期間に渡る制作の中で変化を与えているのだろうなとわかる。他にも、宮崎の無茶ぶりを無茶とわかっていながら受け止めるアニメーターのスタッフや、常にスーツを着ている法務の方、そしてヤクルトを売る方などやはり多くの人が関わったからこそ出来上がった作品であることがよくわかる。特にアニメーターのスタッフについては、宮崎の短所などを十分に理解した上でそれでも受け入れており、母性のような包容力を感じた。インタビューなど登場する方も女性の方が多かった。

 そして、さらに気になるのはこのジブリという「王国」の行方だろう。宮崎駿鈴木敏夫高畑勲の3人が全員70歳前後という状況で、これからもジブリは存続し続けることが出来るのかと誰もが思っているだろう。この疑問については、目を背けたくなるような1シーンで回答している。それはプロデューサー見習いとしてジブリで鈴木に付いて修行している、ドワンゴ会長の川上と宮崎吾朗による次回作を巡る口論のシーンである。そこで語られる吾朗の何十にも捻れた自らの製作観は、この人が今後のジブリを背負っていくの…かと大変不安になる。宮崎駿が劇中でも言っている通り、ジブリという王国は滅亡寸前なのかもしれない。

 宮崎駿を中心に撮影しながら、われわれ観客が持っているジブリに対する興味を一つ一つ見せていくこの映画は、「風立ちぬ」と「かぐや姫」の2作が公開された今年に見たほうがいいだろうう。なぜならこのドキュメンタリーは、公開された2作を見るにあたって、物語とは別の視点を与えてくれるだろうから。